プロスペクト理論は、不確実性下での人間の意思決定を説明する行動経済学の重要な理論です。1979年にダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーによって提唱されました。この理論の主な特徴は以下の通りです:
プロスペクト理論の概要
- 損失回避性:
人々は利益よりも損失に対してより敏感に反応します。同じ金額でも、得るよりも失うことの方が心理的インパクトが大きいとされています。 - 参照点依存性:
価値判断は絶対的な水準ではなく、ある参照点(現状など)からの変化として認識されます。 - 確実性効果:
確実な結果は、確率的な結果よりも過大評価される傾向があります。 - 価値関数:
利得領域では凹関数、損失領域では凸関数となり、損失領域の傾きが急になっています。これは損失に対する感度が高いことを示しています。 - 確率加重関数:
人々は客観的確率を主観的に歪めて認識する傾向があります。低確率事象は過大評価され、高確率事象は過小評価されます。
プロスペクト理論の応用例
- マーケティング: 期間限定キャンペーンや無料・割引キャンペーンなどに活用されています。
- コピーライティング: 損失を暗示するメッセージを用いて、行動を促すことがあります。
- 投資行動の分析: 投資家が利益確定を急ぎ、損失を抱えた状態で過度のリスクを取る傾向を説明します。
注意点
プロスペクト理論を応用する際は、消費者を煽ったりだましたりするのではなく、消費者の不安や欲求を理解するためのツールとして活用することが重要です。
過度に恐怖を煽るようなアプローチは、長期的な信頼関係構築の観点から避けるべきです。この理論は、従来の期待効用理論では説明できなかった人間の非合理的な意思決定を説明することができ、行動経済学の発展に大きく貢献しました。
カーネマンは2002年にこの業績でノーベル経済学賞を受賞しています。
プロスペクト理論を応用した有名なキャンペーン
プロスペクト理論を応用した有名なキャンペーンの事例には、以下のようなものがあります:
- 期間限定キャンペーン:
多くの小売店やオンラインショップで見られる「期間限定セール」は、プロスペクト理論の損失回避性を利用しています。「今買わないと損をする」という心理を刺激し、購買行動を促進します。 - Amazon Prime Day:
Amazonの年に一度の大規模セールイベントです。限定時間内の特別価格設定により、顧客の損失回避性を刺激し、購買意欲を高めています。 - 航空会社のマイレージプログラム:
顧客に対して、マイルを貯めることで特典が得られるという仕組みを提供しています。これは、マイルを失うことへの恐れ(損失回避性)を利用して、顧客のロイヤリティを高める戦略です。 - コカ・コーラの「Share a Coke」キャンペーン:
個人名や関係性を示す言葉をボトルに印刷するこのキャンペーンは、顧客の参照点を変え、通常のコカ・コーラボトルとの差別化を図りました。 - 携帯電話会社の「乗り換えキャンペーン」:
他社からの乗り換え顧客に対して特別な特典を提供するキャンペーンは、現状(参照点)からの変化に対する顧客の反応を利用しています。 - ニンテンドーの「Wii Fit」販売戦略:
健康への関心が高まる年始に合わせて発売することで、健康維持という利得と、運動不足による健康悪化という損失の両面から顧客の購買意欲を刺激しました。 - 保険会社の広告キャンペーン:
「もしものときのために」という文言を使用し、保険に加入しないことによる潜在的な損失を強調することで、顧客の損失回避性に訴えかけています。
これらのキャンペーンは、プロスペクト理論の主要な概念である損失回避性、参照点依存性、確実性効果などを巧みに利用し、消費者の心理に働きかけることで効果的なマーケティング戦略を展開しています。