自社株買いをおこなう理由
自社株買いは、企業が発行している株式を自社の資金で株式市場から調達して消却することです。
あれ?通常「株」というのは企業が市場からお金を集めるために発行するものですが、それを買い戻すということはお金を市場に戻す、つまり真逆のことをやっていますね。しかも消却してしまうなんて勿体無い!
それでは、なぜ企業がわざわざ自社株買いをするのかをご説明していきます。
自社株買いを行うと株価が上がる
自社株は主に株主還元の一環でおこなわれます。
自社株買いをおこなうと、発行済株式数が減少しますので1株あたりの価値が上昇します。
すると、株主が保有している株価があがり、間接的に株主に還元していることになります。
株主だけが参加できる飲み会でピザを頼みました。参加者は6人で、ピザは12等分にすると一人2切れずつ食べることができます。
しかしここで自社株買いを行い6人のうち2人から株を買取りました。2人は株主ではなくなったので飲み会を退出します。するとピザは12切れありますが、残った株主は4人ですので一人あたり3切れ食べることができます。
自社株買いの代わりに増配ではだめなの?
株主還元として代表的なものに、配当金を上げる「増配」という手段があります。
自社株買いよりも増配のほうが長期投資家には人気ですが、企業は増配を渋る傾向があります。理由としては一度配当金を上げると、経営状態が悪化した時に下げるのが難しくなるからです。
配当金を下げるということは企業の利益が減っていることを公式に公表するようなものですので、株価の下落を引き起こします。
増配のメリット自体も株主にはありますが、企業にはありませんので増配を選択する企業は少ないようです。
配当金の負担が減る
自社株買いで買い取った株に対しては配当金を払う必要がなくなりますので、将来的な支出を抑えることができます。
例えば2019年に三菱商事が3000億円の自社株買い決議を行いましたが、三菱商事の配当利回りは5%前後でしたので、単純計算で年間150億円程度の配当金の支出を抑えることができます。
2019年度は300社以上の企業が総額4兆円以上の自社株買いをおこなっていますので、配当金負担もそれだけ減少しているということです。
購入した株をストックオプションで利用する
企業は自社で取得した株式を消却せずに「金庫株」として持っておくことができますが、これをストックオプションとして従業員に付与することもできます。
ストックオプションとは従業員に株価を事前に決めた価格で購入できる権利(権利行使価格)のことです。例えば株価が200円で自社の株を買う権利を行使できるストックオプションを従業員に報酬として支払います。
そしてもしその会社の株が400円になった時に従業員がストックオプション行使すれば、400円の株を200円で買う権利があるのですぐに利益になります。
つまり株価が上がれば上がるほど従業員の報酬が大きくなるので、ストックオプションを持っている従業員のモチベーションは高くなる傾向があり、株価上昇につながります。
敵対的買収、敵対的TOBの対策
こちらは株主還元とは違いますが、自社株買いは敵対的買収を防ぐ意味でも有効です。
敵対的買収をしようとしている相手は株式公開買い付け(TOB)などで株式の取得を進めますが、自社株買いを行うと株価が上がるので相手が株を買い付けするコストが上がり、買収の意欲を削ぐことができます。
自社株買いその他のメリット
自社株買いをおこなうと、発行済株式数が減少しますので1株あたりの価値が上昇して株価が上がるお話はしました。
ここではさらに自社株買いのメリットをお話していきたいと思います。
自社株買いをするとPERが低くなる
自社株買いをすると、銘柄を選定する指標として人気のPER(株価収益率)が低くなります。
理由としてPERは「現在の株価 ÷ 1株あたりの当期純利益(EPS)」で計算されます。
次にEPSは「当期純利益 ÷ 発行済み株式数」の計算式でだされるのですが、自社株買いで発行済み株式数が減るということはEPSが高くなるということです。
その結果PERが低くなりますので、多くの投資家の銘柄選考の対象になりやすくなるのです。
ROE(自己資本利益率)も上がる
自社株買いは銘柄選定指標であるROE(自己資本利益率)の数値も上げます。
ROEは自己資本でどの程度の利益を生み出しているかがわかる指標で、「1株あたりの利益(EPS) ÷ 1株あたりの株主資本(BPS)」で計算ができます。
つまりPERの事例と同じく、自社株買いで発行済み株式数が減ってEPSが上がるとROEも上がりますので、投資家の目につきやすくなり株価上昇に寄与します。
自社株買いのデメリット
2019年は自社株買いが過去最大規模にまで膨らみました。理由としては株主への利益還元姿勢のアピールやPERなどの指標の改善をねらったものの他に、アメリカと中国の対立が鮮明になり、海外への投資がやりにくく資金の行き場に困ったことも背景にあります。
そんな自社株買いですが、ここではデメリットをお話していきたいと思います。
自己資本比率が下がる
自己資本比率とは「自己資本 ÷(他人資本+自己資本)×100」で、企業の安全性を判断する指標です。この数値が低いと投資家からは経営が危険と判断されてしまいます。
自社株買いは自己資本で買い付けを行いますので、当然自己資本比率の数値は悪化します。
過剰な自社株買いでPERなどの数値は改善しても、自己資本比率が下がっていることが注目されると株価にマイナスに働くことがあるので注意です。
他人資本=返済義務がある資本(借り入れや社債など)
自己資本=返済義務がない資本(利益や資本金など)
企業の成長の足を引っ張る可能性
自社株買いに費やした資金は、本来設備投資や研究開発などにあてるべきものだったのかもしれません。
そこに資金が充てられず、結果として企業の長期的な成長が抑制されるという可能性があることから、投資家は注意を払う必要があります。
特にさきほど書いたようなアメリカと中国の対立などを背景にした外部的要因で、しかたなく自社株をおこなった場合は長期的に見ると企業の成長が遅れる要因にもなりますので注意が必要です。
Amazonの成長戦略として株主還元はしない
超成長企業であるAmazonですが、配当金は無配、自社株買いも2010年に設定した20億ドルの取得枠を使い切らずに株主還元には非常に消極的です。
2016年に50億ドルの自社株も決議されましたが、取得期限を定めておりませんので積極的なものとは言えません。
しかしAmazonは収益のほとんどを成長投資につぎ込んでおり、株価はAmazonの成長性に目をつけた投資家が買い支え長年右肩上がり、投資の神様ウォーレン・バフェットも株を取得していない事を後悔するほどの成長企業です。
株主還元である自社株買いが発表されますと単純に株価が上がり、企業の好感度も上がるため良い意味で使われることが多いですが、Amazonの例を見ると株主還元が企業の成長とはまた別の話ということがわかりますね。
ソフトバンクグループが行った自社株買い
2020年3月13日に、ソフトバンクグループ(SBG)は5000億円を上限に自社株買いを実施すると発表しました。
続いて3月23日にも手持ちの資産を売却して4.5兆円の資金を作り、最大2兆円の自社株買いや負債圧縮に充てることを発表しました。
コロナ暴落でソフトバンクグループの株価も大幅に下がりましたが、この短期間でこれだけの規模の自社株買いはインパクトがあり、大きなニュースになっていましたね。
この自社株買いですが、色々と思惑が入り混じっており、自社株買いの良い例となりますので詳しく説明していきますね。
自社株買いの理由1 経営権の強化
この時のソフトバンクグループは株下落に伴い、ソフトバンクの株を3%ほど持っているアメリカのヘッジファンドであるエリオット・マネジメントから2兆円規模の自社株買いを要求されていました。
エリオットマネジメントは物言う株主として知られており、2020年3月にTwitterのジャック・ドーシーCEOに退任を要求をしていることが話題になりましたね。
また、同社は不良債権投資と法廷闘争を得意とするヘッジファンドでして、長期的な成長を望む孫社長と、短期的な利益を求めるエリオットマネジメントでは軋轢が生じることは間違いないです。
エリオットマネジメントが持つ3%という数値はソフトバンクの経営に口を出せるほど大きなものではないですが、他の投資家と徒党を組まれたらソフトバンクは動きにくくなります。
そこで今回の自社株買いですが、孫社長は2019年10月の時点でソフトバンクグループの株を22%ほど所有していましたが、現在の1300~1400円程度の株価が続いて今回の2.5兆円規模の自社株買いを行って消却しますと、ソフトバンクグループの株式は45%減少し、孫社長の持ち株の比率は40%まであがりますのでエリオットマネジメントに口出しをされても強気の経営ができるようになります。
あくまで「最大」2.5兆円の自社株買いということなので、もしかしたら5000億円で終わるかもしれません。しかし短期的に株価は上昇しますし、エリオットマネジメントの要求も聞いたということで、無難な落とし所だったのかと思います。
自社株買いの理由2 現在の株価の修正
ソフトバンクグループは投資会社です。アリババやスプリント、armなどたくさんの企業に投資しています。ですので、株価が下がることは自社の価値を下げることに直結します。
また、ソフトバンクの倒産がささやかれていますが2020年4月時点ではまだまだ債務超過に陥る気配はありません。それにアリババ株など資金に変えられる資産はたくさん保有しています。
しかし2020年4月現在ソフトバンクグループの時価総額は6.6兆円程度と試算されていますが、実際にソフトバンクグループ全体が持っている株を総額しますと27兆円程度になります。
これはどう考えても市場に正しく評価がされていないということで、今回の自社株買いを長期的に行うと発表し、投資家を募り株価の底上げを狙いました。
数値のインパクトも大きいので実際に発表した日から株価は一時的に大きく戻していますので狙い通りと言ったところでしょう。
サヤ取りでの注意
自社株買いは、株ラボでおすすめしているサヤ取り戦略にとっては、かなり留意しなければいけない項目です。
なぜなら、株価が一方的に動いてサヤが全く戻らないということが起るからです。
三井住友の例
まず上記のチャートですが、こちらは8309三井住友トラストホールディングスの株価です。波を描きながら価格は長い期間横ばいで推移しています。
では次に、長年三井住友トラストと似たような動きをし、サヤ取りペアに適した8316三井住友フィナンシャルグループの株価を見てみますと・・・ こちらは10月下旬から急激な上昇トレンドを描いています。
実は三井住友フィナンシャルグループですが、下記のように11月から5月31日までの期間で自社株買いの発表をしています。
そのため、弊社が提供するサヤ検証ソフトで、三井住友トラストHDと三井住友フィナンシャルグループのサヤを見てみると・・・
自社株買いが始まった11月に急激にサヤが広がっていますね。
通常ですとこれはサヤが開いてチャンスとなります。しかし自社株買いの場合は事情がことなり、自社株買い期間の5月31日までは、自社株買い+一般投資家の買いが集まるため。値ごろ感での戻りが期待できません。
そのため、サヤ取りを行う場合は自社株買いが終わりに近づいてからのエントリーを推奨します。