プロスペクト理論とは?
プロスペクト理論は、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが1979年に提唱した理論で、人間がリスクや不確実性に直面したとき、合理的な判断よりも「損失を避けよう」とする感情に基づいた選択をしてしまう傾向を説明します。
ここでは、以下の3つの特徴が重要です。
参照点依存:現在の損益を基準とし、利益よりも損失に強く反応する
逓減感応度:利益や損失の額が大きくなるほど、それに対する心理的なインパクトが緩やかになる
確率の歪み:低確率の出来事(例:大勝ち、突発的な事故)を過大評価し、高確率の成果を過小評価する傾向
生存に最適な心理を獲得した結果、トレードに不利になってしまう
プロスペクト理論における以下の3つの心理的傾向、「参照点依存」、「逓減感応度」、「 確率の歪み」は、人間が進化の過程で生き残るために獲得してきた適応的な思考パターンと考えられています。
以下、それぞれについてなぜそうした傾向が生まれたのか、進化心理学や行動経済学の観点から解説します。
参照点依存:なぜ「現状」を基準にしてしまうのか?
人は絶対的な価値よりも、「現在の状態=参照点」に対して損か得かで判断します。
例:「年収500万円→550万円」は嬉しいが、「年収700万→650万円」は減って不満。
原始時代、人間は飢餓や気候変化など「環境の変化」に常に対応してきました。「今の状態より悪化する兆候=損失」を敏感に察知し、生き残る必要があったため、「参照点(現状)」を基準にする感覚が発達したと考えられます。
逓減感応度:なぜ得すればするほど鈍くなるのか?
損失や利益に対する感情の強さは、金額の増加と比例しません。
例:1万円を失う痛みは非常に強いが、10万円→11万円の増加はそこまで嬉しくない。
食料、水、住処などの資源は、「最初の1つ」が最も価値があり、2つ目以降は相対的に価値が下がるという現実がありました(例:飢えてるときの食べ物は超貴重 → 2つ目は「おまけ」)。 この現象は現代でも続き、収入や利益に対して「逓減的に感じる」心理として現れています。
確率の歪み:なぜ低確率を過大評価するのか?
人は「0.1%の当選確率の宝くじ」や「ごくまれな事故」を、実際より重大に捉えます。
稀な毒蛇、猛獣、洪水などは遭遇率は低くても、一度の失敗が「死」に直結していました。そのため、低確率でも「命に関わるもの」には過敏に反応するというバイアスが形成されたと考えられます。
逆に、低確率でも「得られる可能性のあるチャンス」は追いかける傾向も、限られたチャンスしかなかった自然環境での「打開策」として機能したとも解釈できます。
参照点依存: 状況の変化に素早く対応するため
逓減感応度: 資源の実用価値の変化に適応するため
確率の歪み: 致命的リスクを回避し、機会を最大化するため
これらの心理的傾向は、「原始環境での生存」に最適化された結果であり、現代の金融市場という「人工的なリスク環境」では逆に不利に働くこともあります。
だからこそ、これらの心理を自覚し、意識的に制御することが、トレードなどの場面では極めて重要なのです。
トレード心理における典型的な影響
プロスペクト理論が示す通り、人間は損失を回避する心理が強く働く生き物です。
この心理がトレードにどう作用するのか、ここでは具体的なケースを取り上げて解説してみます。トレードで「わかってはいるのに勝てない」原因の多くは、この心理トラップにありそうです。
1. 利小損大になる心理:利益は早く確定、損失は先延ばし
例:あなたはドル円でロングポジションを持ち、エントリー後に+15pipsまで上昇。しかし「また戻ってきたらもったいない」と感じて利確。
一方で、別のトレードで-50pipsの含み損。
「ここで切るのはもったいない」「そのうち戻るかも」と損切りを先延ばし、結果-100pipsで強制ロスカット。
解説:人は「確実な利益」を取りたがる一方、「確定した損失」を極端に嫌います。これがプロスペクト理論における「損失回避性」です。本来は「損小利大」が正解でも、損切りできずに「利小損大」に陥りやすくなります。
2. ナンピンの誘惑:損失を認めたくない心理
例:ユーロドルで売りポジションを保有中、価格が逆行。-30pipsになったところで、さらに売り増し(ナンピン)して平均レートを近づける。
その後も反転せず、損失は膨張し、資金全体の30%を失う羽目に。
解説:これは「損失を受け入れることへの強い抵抗」と「誤った希望的観測」の表れです。損を確定させず“いつか戻る”という心理により、ナンピンを正当化してしまいます。しかし戻る保証はなく、損失は複利的に拡大します。
3. 損切り貧乏:小さな損失の積み重ねに耐えられない
例:あなたは短期トレードで小さな損切りを繰り返している(例:-5pips × 6回)。
「もうこれ以上は損したくない」と感じた次のトレードで、損切りを入れずに放置。
結果、大きな損失(例:-80pips)でそれまでの損切りを一気に台無しに。
解説:繰り返す損失が積み重なると、心理的な「損失耐性」が下がります。その反動で、損切りすべきトレードを「今度こそ戻る」と過信してしまうケースです。これは、確率の歪み(低確率の回復を期待)にもつながります。
4. 勝った後に調子に乗る(過信バイアス)
例:連勝中のトレーダーが、自信過剰になりポジションサイズを急に2倍にする。
その直後に逆行して、通常の2倍以上の損失を受けてしまう。
解説:人は成功体験により「自分は相場を読めている」と錯覚しやすくなります。これはプロスペクト理論とは逆に「利益への過信」による例で、特に連勝後に起きやすい心理トラップです。感情の高揚によってリスク管理が緩みます。
5. ポジポジ病(エントリー中毒)
例:「何かしらポジションを持っていないと不安」
→ 無根拠にトレードを連発
→ 損益がブレて資金が減る
→ 焦ってロットを上げ、さらに損失を拡大
解説:この行動は、「損を取り返したい」「機会を逃したくない」という感情によるものです。期待値やルールよりも、“感情”でポジションを取るため、勝率が下がり、結果として資金が目減りしていきます。
継続的に勝つための心理的対策
1. 明確な売買ルールの設定と遵守
損切りや利確の基準(例:損益ライン、時間的条件)を事前に決めて、感情に流されず機械的に実行する。
デモトレードでは遵守できても、リアルトレードになると基準が甘くなる傾向がありますので、しっかり練習が必要です。
2. 記録と振り返り
トレード日誌をつけて、利小損大の傾向、心理状態、結果との相関を分析。客観化することで、感情的な判断を減らし、再現性のある行動に変えることが大切です。
注意点としては、トレード日誌は期間が長くなればなるほどあるべき数値に収束しますが、始めたばかりの頃はブレ幅が大きいです。
ある程度のデータが溜まってから利小損大の傾向などを分析しましょう。
3. 意図的なトレーニングと習慣化
メンタルルールを体に染み込ませるために、例えば「常にストップ注文を置く」「含み損が生じたら5分離席する」「リスクリワードが2を下回るエントリーはしない」など、自分ルールを習慣することが大切です。
トレードで勝ち続けるための心理学:プロスペクト理論とは? まとめ
プロスペクト理論は、感情の弱さを責めるものではなく、「人間の本質的傾向を理解する」ための理論です。これを活用すれば、心理に翻弄されず、冷静な意思決定が可能になります。
トレードの失敗は「知識不足」ではなく、「心理の暴走」が原因であることが多いので、プロスペクト理論を理解すれば、自分の思考・行動パターンを客観的に見つめ直し、「利小損大」「損切りできない」「ナンピン癖」などを防げるようになります。
この理論に沿ってトレード心理を設計することは、「感情に流されないトレーダー」への第一歩。つまり、継続的に勝ち続けるための“土台”となります。